体験レポート

2019/07/01

29 死の体験旅行

「〇〇は必ず死ぬ」
 
 
 
この〇〇にあなたはどのような言葉を入れますか?
 
 
 
 
「人は必ず死ぬ」
 
 
 
「生きとし生けるものは必ず死ぬ」
 
 
 
 
 
ぐうの音もでない答えです。
 
 
 
 
 
私達は、人は必ず死ぬということは

頭では理解しています。
 
  

 
しかし、どうでしょう。
 
 
 
「私は必ず死ぬ」 
  
 
 
 
となると、

 

途端に受け入れづらくなりますよね?
  
 

 

 

 

 

 
今回6月28、29日で

富士宮市三澤寺(さんたくじ)で開催された

「死の体験旅行」は
 
 
「死」を自分の事として捉えるワークショップです。 
   
 
 
 
今回講師を務めるのは

山梨県中央市から来ていただきました

近藤玄順上人です。



超宗派のお坊さんが研鑽を積む場「坊主道」

お堂のないお寺「SOCIAL temple」など
 
現代に必要とされている取り組みを次々と精力的に行われているお方です。
 
 
 
 
 
 
会場となった三澤寺さんは


鎌倉時代からの歴史あるお寺。


三澤の地域が一望できます。


この地域は近年、縄文遺跡が発見されました(登呂遺跡より古い)

 
 
 
 
 
山頂には七面さんもあり


その参道も風情がありますね。

 

 

あじさいも綺麗に咲いていました

 

 
 


また元々武家屋敷をお寺にしたようで


石垣が凄い。


なんだこの反り方。


 

『武士道とは、死ぬことと見つけたり』

 

という言葉があるように


武士は「死」を身近に感じていた。

だからこそ

生きる大切さを知っていた


死を意識することは


いかに生きるかに直結する 
 
 
 
 
まさに「死の体験旅行」を開催するにはぴったりなお寺ですね 

 

 

 

 

 
 
開始時間が近づき

参加者の皆さんが集まってきました。

 
 
 
 
「死の体験旅行って何をするんだろう?」


「棺桶に入るのかな?」
 


今回は 
 
「死の体験旅行」というインパクトの強いプログラムのタイトルに


興味を持って参加された方がほとんど。


しかし、何をやるかはわからない。


不安と期待ですこし緊張した空気が流れています。


定刻になり。


 


いよいよ、「死の体験旅行」のスタートです。

 
 
詳しい内容はここでは記述することはできませんが、

 
 
 
まず、「自分の大切にしているもの・こと・人」に向き合い書きだしていきます。
 
 


 
これもなかなか大変な作業。
 
 
すらすらかける人もいれば、

1つ1つ悩みながら書きだしていく方もいます。
 
 
 

頭の中でぼんやり「大切」だとおもっていても
 
 
書き出すことによって

「本当に大切か?」と考え直すことができます。
  
 
 
 
自分の大切にしていることを書き終えたら

死の物語が始まります


 
 
 
もしも自分が病に冒され、残りわずか数カ月の命となってしまったら……。
 
   

ナレーションが始まり

 
 
物語に自分自身を投影して「死」を疑似体験していきます。
  
  
 
 
そして、物語が進むにつれて、「大切なもの」を手放していく。
 
  
 
 
これが非常に、辛い。


選べない。けど手放さなければいけない。
 
 
 
 
 
考えながら、思い返しながら


涙を流しながら、手放していきます。
 
 
 
 
 
 
 
そして、最後の1つの「大切なもの」を手放し、物語は終了。 

 
 
「私、死んだのか?」 
 
 
 
会場は、悲しさ、虚しさ、後悔、安堵など

様々な感情が入り交じった独特な雰囲気になります。 
 
 
 
 
 
ここで近藤上人が


「皆さんは生きてますよ。死んでませんよ」

 
という声かけで

現実に、引き戻されます。

 
 
 
 
この後は共有タイム。

 
 
物語を追体験した感想や


何を大切にしたのか。


最後までのそこしたモノはなんなのか


それはなぜなのか。
 
 
 
 
いろいろな話が飛び交います。
 
 
 
 


死の体験旅行のワークショップの一番の魅力は


ここなのかも知れません。
 
 
 
 
 
  
「死の疑似体験」を体験したもの同士が

安心して、死について、話せる場所。
 
 
 
 
普段の生活の中では

「死」について語ることは

ほとんどありませんよね?
 
 
 
 
 
 
 
しかし、自分の死も大切な人の死もかならず、訪れます。
 
 
 

「終活」ということばがあり

実務的な死の準備は昔より行われるようになりました。
 
 
 
 
しかし本当に大切な事は

自分の死生観を整えること。
 
 
 

自分は何を大切にして、何にこのいのちを使っていきたいか。

そして、死をどう自分自身で受け入れていくのか。
 
 
 

死生観は価値観です。
 


正解も間違いもありません。
 

そして誰かから、与えられるものではありません。 
 


死生観を整えるには「死の真実」と向き合うこと。


そして「死」について話せる仲間がいることが


大切なんだと感じました。

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